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いつまでも夢見る少年でいたい

イラスト、ゲーム、アニメを中心に気になったもの・ことについて書いています。

我慢比べ大会!電車で急激な便意をもよおしたときの絶望感を久々に味わった

朝起きてトイレに行って用を足すという習慣ができていても、毎日スムーズにいけるわけではなく、「あれ? 今日はなんか調子悪いぞ」ってときがある。

そんなときは余分にトイレにこもって粘ってみるも、やっぱり出ない。

 

で、それが休日だったら「延長戦突入!」という感じで長期戦になってくれても構わないんだけど、平日だったら時間に遅れないように家を出なければならないから、多少の不安を抱えながらもトイレをあとにする必要がある。

そして、そういうときに限って電車の中で「はい、今から出まーす!」とお腹から信号が送られてくる。

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地下鉄ならまだマシ。数分に一つ駅があるから根性で何とかなる。

でも、十分程度からそれ以上の間隔で走る快速とかに乗っているときはやばい。

時間に遅れても電車を降りるべきか。はたまた自身の可能性と括約筋を信じてとどまるべきか。

これを猛烈な便意と戦いながら、必死に思いをめぐらすことになる。

とりあえず神に祈ってしまうのはなぜだろう

普段は神様のことなんて考えてもいないくせに、都合のいいときだけ神様に頼ってしまう。

自分の体の事なのに、繰り返される便意の波はどうしてもコントロールすることができない。せめてもの救いは波であるため、小休止が与えられていること。

しかし、それは新たなる戦いのための休息でしかない。

「もしかしてこのまま収まるんじゃないか」という淡い期待を打ち砕いて、また押し寄せる便意。

 

神様、お願いします。どうにか仕事場(あるいは学校)に着くまで持たせてください!

 

それを何度となく祈る。

そのおかげか、これまで大惨事になることはなく、無事に幾多の危機を乗り越えることができた(神様ありがとう)。

ただ、毎回その戦いに勝利できたわけではなく、トイレへと直行したこともある。

そして、どちらにしろ、あの清潔な白い便器を目にした瞬間にどうしようもない安心感を味わうのである。

 

年を取るともらす可能性が高まるって本当?

で、時々テレビなんかで芸人が笑い話として、「俺、この前う○こもらしてしまいました。なんか便器見た瞬間に安堵した同時にこう……」みたいなことを聞くし、他にも一般的に「屁だと思ったら、実が……」的な話も聞く。

 

そういうのを聞いていたら、これから年を取るごとにこういったギリギリの攻防を繰り広げるのはリスクが高そうだと感じる。

僕はまだ電車の中で大惨事となった人を見たことがないけど、念には念を入れて「便意が来たらすぐトイレ!」くらいの気持ちでいた方がいいのかもしれない。

最近は電車でもトイレが設置されていたりするけど、あれって満員のときとかは絶対にたどり着けなかったりするから意味ないし。

 

これからもこの絶望と対峙するだろう(まとめ)

少し前に、10分前に便意を知らせてくれるマシーンが登場したとかいうニュースを見たけど、あれってどうなったのかな。

dfree.biz

これ。D Free。

 

商品化されたらぜひ欲しい一品。

それまでは便意との尊厳をかけた戦いをしばしば繰り広げることになるだろう。

 

というか、電車に乗ったときに限ってやってくる便意って何なの?

なんで朝のトイレにこもったときは出ない癖に、脱出できない密閉空間のときにやってくるの?